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お風呂にはいっていたらなんで自分が畑なのか 見つめなおしてみたくなり書いておくことにした。 去年から「畑に行ってみないー」とか「畑体験してみないー」とか よくいわれたり、田植えをしている友達やそういう話を聞く。 ブームなのかもしれないし、ただたんにそういう生き方を求める 友達がたまたまいるだけなのかもしれない。 はたまた毎日駅に行く道すがら通る多毛作の畑を眺めているからか どうにも「土いじり」をしながら創作活動をして生きていきたい、 という軸がわかってきた。 毎日通る畑にたまに友達をつれてきては自慢する。 わたしの畑じゃないのに。 思ったより田舎じゃなくて驚いたーとか どうして駅の裏だけがぽっかり畑になってんの?とびっくりされる。 とれたて野菜を手土産に会いに行けば 「おまえはどんだけ田舎に住んでんだ」と 言われ、実はそうでもない。田舎と都会がとっても便利に共存している 町に住めたことをラッキーに思う。 農業の本も数冊読んだし、19歳から農業を一年して リタイアしちゃったけど いまではお家の畑でめちゃくちゃ野菜を栽培している アーティストの絵描きの友達や 今年えだまめオーナーにさせてもらったさかい農園の おばちゃんと話していると (ただ挨拶するだけです) やっぱり有機的に生きることは間違ってない、と思うようになってきた。 今日は「百姓をなめんなよ」という伝言をいただき ウーン。と考えてしまった。 たしかに田舎を捨ててきたのに何をいまさら土いじりだと 言われても仕方あるまい。なに都合のいいこといってんじゃい。 だろうな。体力も気力もいるし、本気じゃないでしょうね? おじょうさん。ということなんでしょう。 実際、地方に農業をすると意気込んで1年足らずで ひきあげて荒れ地になった土地もあるというし 「なんとなく楽しそう」だけではうまくいかないということもわかっていて 見知らぬ人にお願いするよりもまずちょっと体験させてもらいたい と思っただけなんだけど、やはり東北はそんなに甘くないらしい。 そういうことも当然と思って とりあえず近所の畑から攻めてみようかな。 門戸が開放されている場所からいってみるしかない。 それからでも遅くはあるまい。 白洲次郎の本を読んだからなんだろうか? どうしても時代は今後自給自足(自分たちが食べる分) の流れにいくように思えてならなくて 今日もとれたてのレタスについている100匹以上あろうかという ちっこい虫を洗ったり、しいては熱湯で消毒したりして モヤモヤモヤと考えていた。 よくわからないんだけど、ものを作るっていうのは 結局同じことなんじゃないだろうか? 同じことを頭でやるか身体でやるかの違い。 もちろんそれに自然の恵みや驚異というものも加わってくるけれど。 明日もう一度畑を眺めよう。 そしてそこから考えてみよう。 いい機会をあたえられたことに感謝。 |
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女の子のオ●ニーをじっくり見たのはじめて(;゜∀゜)=3 |
マサマサ 2008/06/14 12:39 |
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