まゆちのきれいになっちゃお デラックス

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<<   作成日時 : 2008/07/04 14:39   >>

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 わたしは学生のころは人の話をロクにきかず
 話してばかりだったと思う。
 
 それは、アナウンス学校に行って「同士」と呼べる
 仲間に出会うまで続いた悪いくせだった。
 彼女に指摘され、すごく恥ずかしくなり
 そしていまはしゃべるときは
 「相手の話を聞けているかな、自分ばかりはなしすぎて 
 いやしないか、自分のペースばかりに巻き込んでいないか」
 とかあほみたいだけど一生懸命考えて話す。
 しかし、逆だと心密かに悲しみ
 「あー、わたしはこういうことを人生20何年間も
 やってきたのか!」
 とちょっとだけ落ち込む。
 

 人は必死になると、どうしても自分のことばかり考え
 自分の話ばかりをしたがり
 自分の好きなものを押しつけ、
 自分のペースに巻き込み、
 楽しいね、楽しいね、という。
 相手はどう思っているかもわからずに。
 相手が笑顔でいるときは要注意だ。
 もしかして、あなたの話にうんざりしているかもしれない。

 わたしもきっとそうだったの。
 そうだなぁ。正味5年くらい前までは。

 一生懸命に生きると、その世界がまぶしくみえる。
 その世界が心地よく思え、外は灰色。
 いつしかその魔法の国にしか住めなくなる。
 でも、ほんとうはその世界以外の人とも
 話すことができないといけないんじゃないか、と思う。
 しかし、わたしも自分に興味のある世界のほうが
 話ははずむし、楽しいことは事実だ。
 
 ただ、忙しいペースの人と話すと目眩がすることがある。
 必ずしも全員ではない。
 忙しくとも、ちゃんと相手のペースにあわせられる人もいるし 
 そういう人は逆にすごい、と思う。
 でも、そうでないこともある。
 その場合は、あたしの大嫌いな「合理的」な発想が
 半分以上をしめて行動している場合だと思う。
 だいたい、自分は完璧と思っている人に限って
 ミスをするものだ。
 
 人は完璧な人などいない。
 客観的にみたときに「完璧」と自分のことを
 思える人がいたとしたら、胸に手を当てるほうが
 いいのかもしれない。 
 だいたい、人間は永遠の未完成であるべきなのだ。
 そう思い、謙虚に生きないといけないような気がする。

 そんなあたりまえのことに気がついたときに、
 なにかうんと感じさせられるものがあった。
 
 大切なことは気がつくことだ。
 あたしはまだ気がつける人ではないけれど
 気がつける人になりたい。
 ほんとうにちょっとでいいから。

 自分と相手の感情や思いがたとえどんな状態にあったとしても 
 気がつける人でありたいのだ。

 結局は「やさしいふり」をするのではなく 
 心から優しくなること。

 これが一番なのかもしれない。

 あたしは今、人に優しくなれているかしら。
 
 
 

 

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